日本史のマークテストにおける「正しいもの」「適当なもの」とは?

はじめに

 先日とある研究会に参加して考えたことから書き連ねるシリーズ第2弾。ちなみに前回の記事はこちらです。

 

pinkie-du.hatenablog.com

 

 今回取り上げたいのは、社会科をはじめ多くのテストで登場するこの文言について。今回の記事では特に日本史のマーク式のテストを想定しますが、「正しいものを選べ」「適切なものを選べ」にはじまり、「正しい語句を記せ」「適切な語句を埋めよ」など、社会科のテストでは「正しい」「適切な」という語句が散見されます。ほとんどの場合ではそれは、「事実として」正しいということを指してきました。しかしながら果たしてそれだけでいいのか。それについて、

  1. 「正しい」「適切な」とは果たして事実的なものだけ指すのか。
  2. それを踏まえ、われわれ教員は作問をする時に何を心がけるべきなのか。

 この2点について少し考えてみたいと思います。

「正しい」「適切な」とは果たして事実的なものだけを指すのか。

 社会科とは「内容教科」であるとしばしば言われます。特に高校の日本史とは「我が国の歴史の展開」を理解することを目指す教科であるとされており、授業において正確な事実を伝えること、そしてそれが確実に身についているかを評価することは、日本史の学習において最も重要なことであると言っても過言ではありません。現に授業を組み立てる際やテスト問題をつくるときには、事実のファクトチェックに相当入念に取り組みます。

 これまでのテストでは事実に関する知識の理解を問うことが多かったこともあり、「正しい」というとそれはとりもなおさず「事実として」という枕詞がつくものだと考えられる場面がほとんどでした。しかし、これからの試験では必ずしもそうはいかなくなっている。2017年11月に行われた大学入学共通テストの試行問題(以下:プレテスト)を例に考えていきましょう。なお、その問題については大学入試センターのホームページからダウンロードできます。

 例えば、第4問の問4の問題。

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 a~dの選択肢そのものは、歴史的事実としてすべて正しいものです。しかし、ここでは「那覇市の昆布消費量が多いことの歴史的背景となる」事項として適当なものの組合せを選ぶことが求められています。すなわち、「ある事実の背景として」適切かどうかを問う問題であると言えるでしょう。

 もう一問、第5問の問2を取りあげてみます。

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 この問題では、ある歴史的事実に対する「評価とその根拠」の組合せとして適当なものの組合せを選ぶことが求められています。X・Yの各文からわかるように、賛否両論の評価に対し、どの根拠によって立つことが妥当なのかを測る問題です。

 

われわれ教員は作問をする時に何を心がけるべきなのか

 先日出席してきた研究会でも、問題作成において(当然ながら)多くの先生が問題文に「正しいものを選べ」「適切なものを選べ」の語を用いていました。しかしその多くは、従前からの「(事実として)正しいもの」に留まっていたように感じます。また、チャレンジングな作問をする一方で単に問いには「正しいものを選べ」としか記されておらず、どのような観点で「正しい」ものを選ぶことを求めているのか不明瞭なもの、場合によっては問いが成立していないものを見受けられました。

 プレテストの問題自体には批判も多く、今後さらなる修正がくわえられていくことが考えられます。それについては、今年11月に行われる試行調査での動向を注視する必要があります。しかし、これからのテストの方向性そのものは、大きく変わることはないでしょう。すなわち、年代配列や語句選択、正誤判断など「事実として」正しいものを選ぶ問題にとどまらず、その背景や評価とその根拠など、「推論のプロセスが」適切なものを選ぶ問題も増えてくるということです。

 今後テストにおける「正しい」「適切な」が何を以てなのかという選択肢がより広がっていくことは間違いありません。授業においても事実として正しい知識を獲得することにとどまらず、そこから歴史的な見方・考え方を働かせて思考・判断・表現する活動がより重視されていくことからも、その流れは間違いないものだといえます。だからこそ、われわれ教員は1つの問題で何を測りたいのか、そしてそれを確実に測定するためにも「いかなる観点から」正しいものが何かと問うているのか、明確に示す作問を行わなければいけないでしょう。